「父親たちの星条旗」を見てきました
本日、クリント・イーストウッド監督の最新作「父親たちの星条旗」を見てきました。
早速、感想。少々ネタバレあります。
この作品はご存じの方も多いかと思いますが、第二次世界大戦中の激戦地である「硫黄島」の攻防を描いたもので、2部作。
「父親たちの星条旗」はアメリカ側からの、硫黄島に星条旗を立てた兵隊達の物語で、12月公開の第二部「硫黄島からの手紙」は、逆に玉砕した日本兵達の物語となっています。
この映画を見て感じるのは、とにかく「イーストウッド監督という人は、生真面目な人だなあ」ということ。
作品を見る前は、「もう一度、オスカーが欲しくなったのかな」ぐらいにしか思っていませんでしたが、そうしたこちらの邪推を吹き飛ばすほどのパワーを持った映画でした(まあ、考えてみれば、そんなにオスカーばっかりとれる筈もない)。
上陸シーンは、制作をつとめたスピルバーグの「プライベート・ライアン」を思わせ、また島内の情景は、同じ太平洋戦線を描いた「ウインドトーカーズ」を思わせるものでした。
しかし、この両者とのはっきりした違いは、「父親たちの星条旗」があくまでも主題を語るための一シーンとしてこれらを扱っているのに対し(非常に力のこもったシーンではありますが)、後2者はそうした戦闘シーンを見せ場に持ってきている戦争スペクタクルであると言うことです。
そのためか、単純に画面の迫力という点では、後2者に及びませんし、第一、「父親たちの星条旗」は全体的に、古いニュースフィルムを見ているかのような処理を施してあって、しかもイーストウッド監督作品はいつもそうですが、暗めの画面です。
この映画では、売り物になるはずの戦闘シーンを細切れにして、他の時系列の出来事と交互に見せるという手法を取り、戦闘の「迫力」よりも「悲惨さ」に力点を置いています。
この作品では、そんなつもりは無かったのに、アメリカ政府の戦費調達のための戦時公債販売プロモーションに利用され、全米を「興行」する羽目となった、硫黄島の擂鉢山に星条旗を掲げた「英雄」達が主人公となっています。
彼らは、内心忸怩たる思いで、それでも国のために「興行」につき合いますが、途中でネイティブアメリカンのアイラは酒浸りとなり、戦場に戻ります。
そして、生き延びはしますが結局は野垂れ死にしてしまいます。
レイニーは連日の豪華な式典やパーティをこなしますが、「一時期の英雄」に過ぎず、戦後はやはり恵まれません。
衛生兵のドクのみは葬儀屋を終生営み、最後は息子(原作の「父親たちの星条旗」を書いたジェームズ・ブラッドレー)に看取られて、死ぬこととなりますが、彼も終生、戦場の詳しい様子を語ることはありませんでした。
硫黄島での苦しく残酷な戦いの様子と、恐ろしいほど空虚な式典の様子が交互に語られる手法は、戦争の悲惨さ、無意味さを痛いほど感じさせてくれます。
「父親たちの星条旗」は、お涙ちょうだいでもなく、スカッと楽しめる映画でも無く、見た後に考えさせられる名作です。
イーストウッドは、政治的な愛国者というのとはちょっと違いますが、アメリカという国を愛し、その国民を愛している人だ、と言うことが分かります。そして、愛しているからこそ、変な愛国的戦意高揚映画(そういえば、現在アメリカはイラクと「戦争中」です)を撮らずに、アメリカ国民が見たくない部分をはっきりと突きつけて、直視させようとしているのだろうと思います。
なお、戦闘シーンで若干、「そこまでやらなくとも」というシーンが有り、たとえば生首が転がっているなど、これはこれまでのイーストウッド映画では考えられないシーンで、「あ、スピルバーグめ、よけいな口出ししやがったな」と思いましたが、しかし、ほとんどの残酷シーンでは、その残酷さを正面から逃げずに、しかし意外と淡々と描いていて、やはり紛れもなくイーストウッド作品です。
考えてみれば、かれの(俳優としての)出世作である「荒野の用心棒」のレオーネも、「ダーティハリー」のドン・シーゲルも残酷描写には定評のある監督で、そうした監督の下で映画を学んだイーストウッドの真価が出ています。
そして、私が一番残酷さを感じたのは、「英雄」たちが食事会で、星条旗を掲げる彼らの姿に似せた白いデザート(アイスか?)を出されて、その上にストロベリーシロップをかけられるシーン。
このシロップの赤さ、それを何とも思わない周囲の人間たちの無神経さが、痛いぐらいです。
なお、この映画の最後(エンドロールの後)に12月公開の「硫黄島からの手紙」の予告編がかなりのボリュームで流れました。
この映画は、硫黄島を「父親たちの星条旗」では顔の見えない「敵」という存在であった日本の側から描いたもので、果たして日本人をイーストウッドが描けるのか? という疑問がありましたが、予告編を見て、「これはもしかして凄い映画かも」と期待を抱かせるものでした。
たとえば、登場人物が「自決するのと、最後まで戦い抜くのと、どちらが陛下の御為になると思うのか?」という意味のことを叫んでいたりしますが、これなどは、どう考えても日本人監督が日本で公開することを前提にした作品では、無理なセリフでしょう。
日本人がこんなことを言う作品を作ったら、すぐに政治的にどうこう、という話になってしまいます。そうしたしがらみ無しに、ただ単純に日本兵たちの姿を真っ正面から見つめることが出来るのは、逆に日本人監督でない方が良いのかも知れません。
彼らの徹底抗戦する姿を描きながら、戦争のむなしさを浮き彫りにしてくれる作品であることを期待します。
二部作なのですから、作品全体の評価はすべてを見た後で語るべきですし、もちろんそうするつもりですが、この「父親たちの星条旗」だけでも、一本の映画として、充分に完結しているので、長い感想を書いてしまいました。