本日、映画「姑獲鳥の夏」を見てきました。
先ほどの記事で、「スターウォーズ」が先、と書いたばかりですが、映画館(郊外のシネコン)に行ったら、凄い人出でどうやらスターウォーズ目当ての中学生ぐらいの集団が沢山!
さすがにこれでは、見る気がせずに、「姑獲鳥の夏」にしてしまいました(こっちは、空いていた)。
で、早速感想です。
配役については、ちょっと小説のイメージと違う役者さんも多かったのですが、それについて批判的な事は言わないで於きましょう。
京極自身も言っているように、小説と映像作品とは別物であるのだから。
ただ、堤真一の京極堂は、もうちょっと気難しげな演技でも良かったような気がします。
良かった役柄なら、永瀬正敏の関口巽。これは、はまり役ですね。ダメダメっぷりが、見事に表現されていました。
それよりも、さらに良かったのが原田知世。
どこか不安定な、少女っぽさを残した、謎の美女の役柄を見事に演じていました。役の久遠寺涼子/梗子は、これ一作のみの登場で、続けて登場している他のレギュラーキャラのように、読者に強烈な印象を与えている訳ではないので、有利ですが。
この映画を見に行く方への助言というか、要らぬお節介ですが、出来れば原作をあらかじめ読んでから行った方が良いでしょう。
こんなことは、この作品を楽しみにしている方なら、大抵原作のファンでしょうから、あえて言わなくとも良いようなものですが、なにしろ映画だけしか見ていないと、何がなんだかさっぱり分からないストーリーだったので、念のため。
かつて、「2001年」というクーブリックの映画が訳が分からず、クラークの小説を読んで、やっと一応のつじつまが分かったのと、同じようなものです(いや、たとえがちょっと違うかな)。
この複雑怪奇、奇想天外な原作を前に、実相寺は完全に物語ることを放棄して、ただ「絵」を見せることに終始しています。
それはそれで、一つの方向性として間違っては居ないでしょう。
こんなのを、丁寧にストーリーを追ったら、5時間ぐらいの作品になってしまいますから。
ただ、日本ヘラルドは、「かつての横溝正史作品のように、この「京極堂シリーズ」は原作順に映画化することを前提に、今回の企画を進めた」とどこかで読みましたが、はっきり言って(普段、本を読む習慣のない方では、とうてい手に取りそうにない)原作を読んでいることを前提にした映像化では、ちょっと集客面で厳しそうです。
なにも読まないで、今回たまたま映画を見ただけの方は、今回は「酷い映画を見た」という感想を持つことでしょう。間違いなく、次は来てくれません。
……もっとも、原作ファン(女性)は「榎木津さんのイメージが違う」と怒り出すでしょうから。キャラ読みしない京極ファンで、なおかつ実相寺や原田知世を「知っている」という、ニッチな層にしか訴えない映画です。
さて、そのニッチ層のお目当ての一つ、実相寺マジックですが、今回は不発気味だったような気がします。ありゃりゃ、という感じです。ただ「絵」を見せることに終始していたのに、その「絵」が強烈でなかったのは痛いです。
決して悪くはなかったですが、特筆すべきほどのものもありませんでした。
もしかして、天才・実相寺も、ついにどうしようもなく、年老いたのかも知れません。
ちょっと残念。
まあ、ラストで久遠寺医院のセットを燃やしちゃったのは、けちくさい日本映画の中では珍しく、それは良かったですが……。京極のカメオ出演(もろ分かりです)もありましたし。
さて、まともに次回作が作れれば、次はあの「魍魎の匣」。
原作はさらに凄いことになっているだけに、今回の調子で映像化されたのでは、原作ファンでも付いていけないんじゃないかって、ちょっと不安も感じます(私は、もう見に行かないかも)。
いっそ、「魍魎の匣」はKillBillみたいに前後編にして、とてつもなく原作に忠実に映像化しませんか?(どんどん赤字が膨らむって……)